聞き書き

渡辺幸任|研究者

腰掛けたブナの根元、声にため息が混じった。「山のものはこんなもんだ」。朝晩肌寒くなった10月上旬、この日こそとやって来た月山キノコ採り。1時間ほど歩いても、僕らの荷物は軽かった。

「山菜組合員になって、もう15年ぐらいかなぁ」。同行してくれたのは、出羽三山信仰に根ざした文化を記録し続ける鶴岡市の民間研究者、渡辺幸任(ゆきと)さん(63)だ。30年以上前、月山の山小屋の写真を偶然目にし、三山信仰の世界に誘われた。宿坊・山小屋関係者への聞き書きをする過程で、山菜やキノコの採集も覚えたという。

「いまカノカ(ブナハリタケ)の芽が2、3ミリになった。白い円形で、『蟹目(かにめ)』っていう。これが点々とブナの木に出たら触っちゃいけない。大体5日後に採れるようになるから。そしてだんだん、この木は早く出る、この木は遅い、というのがわかってくる」

カノカは三山の宿坊・山小屋で最も使われてきたキノコだ。香りが強く、道者(三山参拝者)に昔から様々な形で提供されてきた。月山ブナ林の恵みは、三山信仰の世界と深く結びついている。

キノコを探すことはない。いつどこにどんなキノコが出るかが、採集者の頭にイメージされているからだ。森に点在する倒木や立ち枯れなど「キノコが生えるであろう」場所はネットワーク化され、効率よく収穫するルートが森を巡る。まるで森に番地がついているかのようだ。

初めは「よそ者」として、聞いても「それなりにはじかれた」渡辺さんだが、取材先の山小屋関係者が高齢になり山に入れなくなると、森の「知恵」を余すところなく伝えられた。行者でも、氏子でもない。それでも渡辺さんを魅了し、三山の世界につなぎとめるのは、山小屋を手伝う若勢(わかぜい)としての立場、つまり山菜・キノコ採りなのである。

つながりなんだ。ほんとの信頼関係っちゅうのは口先じゃなくて、その人が必要としているものを届けること」。山小屋の人との深い関わりの中で渡辺さんに継承された山の贈りもの。その文化を誰かにつないでいくため、渡辺さんは「それを必要としている人」に向けて来春、『三山信仰と月山筍』という本を出版する。

渡辺幸任

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