聞き書き

滝水義道|表具師

「お客さんが来たりして、なかなか仕事がはかどらないとおっしゃるので、じゃあ私がやってみましょうか、と。表具やってて、紙は少し切ってましたし」

ラジオから甲子園中継が流れるお盆過ぎ、出羽三山の掛け軸を手がける羽黒町手向の表具師、滝水義道さんの仕事場では、秋の峰「二の宿」を彩る紙の「切り飾り」がつくられていた。

羽黒山荒沢寺正善院の島津慈道管長の仕事を助けるため、滝水さんが切り飾りづくりを始めて15年以上になる。カッターで切り抜かれた紙片は、刃物を思わせるような美しい曲線を描いていった。

羽黒修験の秋峰行は、一の宿(過去世)、二の宿(現世)、三の宿(未来世)の段階に分けられている。宿はそれぞれ異なる世界を表しており、宿から宿への移り変わりは宗教的な儀礼をもって明確に区分されている。

修行者は一度死者となって峰中に入ると、この世に生を受けるまでの胎内の世界である一の宿を越え、二の宿に入る。それは人間界を意味している。

この空間ほど修行者に「生命」を感じさせるものはない。山中にある道場の天井には天蓋(てん・がい)が組まれ、そこから紅白の木綿布と麻紐(あさ・ひも)が下げられる。その全体を荘厳に包むのが、いくつもの白い「切り飾り」だ。

天蓋は母の胎盤を、赤布は動脈を、白布は静脈を、麻紐は骨を表し、空間全体が生命の誕生を祝福する構成になっている。

鳥居、天狗、羽団扇、昇り龍・降り龍など、切り飾りは様々なものをかたどる。天狗は東北の鬼門をつかさどり、鬼門はすべてが始まる方位とされる。島津管長によれば「新たなものが動き出すときに大きな力を与えるもの。それが切り飾りの天狗です」。

それぞれの切り飾りが、方位とそれを司る力を表している。

太陽の運行、四季の移り変わり、人の一生。宇宙と生命を結ぶ修験の特別な世界を象徴的に表す切り飾り。「半日もやると腰が痛くなるけれど、やれるうちは幸せだと思っている」と滝水さんは言う。

千年以上の歴史が育んだ羽黒修験の世界を、一人の職人の手仕事が、いまも淡々と支えている。

滝水義道

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